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「遅い…ッ!」
ルルーシュは棲家とする土蔵の中をクマのようにグルグルといったり来たりしていた。
「お兄様ったら…スザクさんもお忙しいでしょうし。」
「でも!あいつが言い出したんだぞ、ナナリーを無理矢理誘って!」
いつもより激しい口調にナナリーは苦笑した。
兄が我がままを言うというのも珍しい…初めて見たかも知れない。
きっと自分よりもスザクと三人で年越しを過ごすのを楽しみにしていたのだろう。
「お兄様…私は気にしていません」
「…でも、ナナリー!」
まるで自分を理由に拗ねているような兄を苛めてみるのも面白そうだとナナリーは笑った。
「お兄様が、スザクさんと過ごしたかったんですね?」
「違うっ!違うんだ…ナナリーそうじゃなくて…」
すぐに否定して、うろたえて必死に否定する兄に笑い声を立ててナナリーはそっと頬をなでる。
兄しかいなかった自分の世界を広げて、私しかいなかった兄の世界も広げた。
母の死後、自分達の世界はお互いだけに閉ざされて、仲が良かった異母兄弟姉妹からはなされて、彼らへの懐疑心と自分達よりは安全な生活を送っている羨望が日に日に増してくる。
そんな中、唯一、メリットもデメリットも無くまっすぐに心を傾けてくれるスザクは初めての兄と自分の友人。
兄とて自分の事がなくてもスザクと遊びたい、すごしたいと思っているのは、ここ数ヶ月の生活で目が見えなくても火を見るより明らか。
「ただ、自分から言い出しておいて、約束を破る奴に苛だってるだけだ!しょせんあいつも野蛮な日本人だったって事さ。」
拗ねているようにしか聞こえない兄に呆れたような笑みを浮かべて、兄の頭をそっと慰めるように撫でた。
「お兄様、私は大丈夫ですから…」
こんな拗ねた事を言う兄は母を失って以来初めてだ。確か、兄がピアノの演奏会を開く時に仕事で母が来れなかった時がこんな感じだった。
懐かしくて優しい思い出が脳裏に思い浮び自然と頬が緩む。
「それより…スザクさんは、大丈夫なんでしょうか……」
今まで一度も約束を破った事がない。無理だったとしてもきっちりと前もって口に出していた筈だ。
それに兄は怒った口調で言い放った。
「あの体力馬鹿に何かあるわけがないだろ!…あんな奴、もう知らない!」
「……ッ…!」
目を開くと…体中が重かった…ギシギシと全身がサビついたように動くとささくれた痛みが襲う。
自分はどれくらい意識を失っていたのだろうか。
まだ、夜は明けてないように見えた…。
「…どっ゛ぐに゛…ッ!」
年は明けているんだろうけど…。
そう続ける前に、ゲホゴホと枯れ果てた喉に何かつっかかっているように咳が出て痛みが増す。
痛みを押して体を無理矢理起こすと、服は白い寝巻き浴衣に着替えさせれていて、自分の布団の中に入れられていた。
(ルルーシュ達の所に行かないと…)
二人はもう寝てしまっているだろうけど、起きているかもしれない。
起きていたら、謝らないといけない。
それに、二人が無事か知りたかった。あの父が約束を守ってくれているか、それをどうしても確かめたい。焦りが増す。
(ルルーシュと、ナナリーに何かあったら……ッ!)
体を起こして縁側まで歩こうとするがふら付いて立てずに畳に崩れ落ちた。
何とか這い出して外にでて下駄を足に引っ掛ける。
その頃には、痛みと吐き気は酷いものの、何とか慣れてふら付きながらも歩く事は出来るようになっていた。
真っ暗な外を睨みつけ、強く拳を握り爪が肉に食い込む痛みで腰と後ろの痛みを紛らわして己の体を叱咤した。
初日の出には、まだ間に合う。
兎に角、無性に二人に会いたくて仕方が無かった。
何か気配がした気がしてルルーシュは夢うつつに目を開いた。
(今は…日本じゃ丑三つ時って言うんだっけ?)
神呪社によってはいを行いに境内にくる者やゴーストが現われる時間帯らしいが自分達の場合はもっと切実だ。命に関わる。
枢木首相はいつ自分達を切り捨てるとも知れない。
スザクと違ってあの首相は信頼には値せず、腹に一物も二物も抱え込む。
ある面では、どういう形にしろ一応子供を見てはいる自分の父親とは異なり、スザクと枢木首相の関係は冷たいものに感じた。
ぎっ――…
扉が開く音にルルーシュは拳を握り締めた、冷たいものが背中を伝い落ちる。
(何とかして、ナナリーだけでも……ッスザク…ッ!)
いもしない人間に助けを求めて強く瞳を瞑ると緩く頭を撫でられた。
優しい手付きに目を緩く開くと助けを求めて姿を思い浮かべていたスザクがいる。
「……え?スザク…?」
スザクは日本のゴーストみたいに真っ白い薄手の浴衣を着ているだけで、酷くほっとした顔でルルーシュを見つめていた。
(スザクが…ゴースト?はッ!そんな馬鹿な……なら、これは夢だ。夢に違いない。こんな時間にスザクが来るわけもないし、大体あいつは今日の約束をすっぽかしたんだぞ?)
恐怖心が消えると、思い出した所業に苛立ちをつのらせてスザクを強く睨みつけた。
(どうせ、夢だ……そんな顔をしたって駄目だ、許さないよスザク。)
今の内に言いたい事を言って現実での腹立ちを静めようとスザクの撫でる手をルルーシュは強く叩いた。
「今さら何のようだ?ナナリーも僕もずっと待ってたのに…」
出した声は思っていたよりも低く剣の含まれた声で、スザクは息を飲んで叩かれた手を抑える。
「やっぱり、日本人は簡単に約束を破る野蛮人なんだな。」
つらつらと一旦出た不満はとどまる事を知らない。
唇を噛みしめてショックを受けたように俯くスザクがそれに拍車をかけた。
酷く、嗜虐心を刺激させる。
「自分から誘っておいて、約束をすっぽかして、もうとっくに年はあけてる。」
言葉が出る度に歪むスザクの顔をもっと見たくなる。
スザクの顔が歪む度に何かが満たされる気がした。
「お前なんか……お前なんか、もう知らない!」
俯いたままのスザクの顔はよく見えなくて、それが惜しいと思う。
かすかに見えた唇が小さく「ごめん」とだけ模るとスザクはそのまま土蔵を出て行った。
その姿に手を伸ばす。まだ…まだ行って欲しくなかった。もっと側にいて欲しかった。
でも、それを認めるのも、ましてや口に出すのも癪で伸ばした手を握り締めて布団に戻す。
急激に襲う眠気の中、夢の中でもまだ眠るのだろうか、夢のスザクを十分に叱ったし、明日は少し困らせる程度に苛めて沢山遊んでやろう。そんな考え事を霧散させながらルルーシュは眠りについた。
(……体が、重い……)
土蔵から母屋の自分の部屋まではあまり距離はない。
冷えか、疲れか、眠気か……それでだろうな…と思いながらぐらぐらと揺れる視界の中、重い体を一歩一歩進ませていく。
(…ルルーシュに、嫌われたか。)
それも仕方が無いのかもしれない。理由はどうあれ、自分から言っておいて、約束を破ってすっぽかしたのは自分だ。
それに……
(もう、二人には近づかない方がいいのかも知れない……)
父親とした事はしちゃいけない事だというのは分かる。痛かったし、気持ち悪かったし、同意の上とはいえ、したくも無かった事だし、何より男同士で父親だ。だけど―――
(……あれは、気持ちよかった、のか?)
ぎゅっとすべてを拒絶するように自分の両肩を力を込めて爪を立て抱きしめる。
認めたくないし、気持ち悪いし痛いだけだった筈なのに確かに玄武は言ったのだ。「なんだ、お前も気持ちいいんじゃないか。」…と。
父が言うなら、そうなのだろう。父が言う事に逆らってはいけない。意義を唱えられる筈もない。
(いけない事をして、それで気持ちよくなるなら、そんな人間とは関わらない方がいい。)
嫌われて当然だ。丁度よかったのかもしれない。所詮―――そう、所詮、友情ごっこだ。
自分に、自分に友達なんて……全部気のせい、マヤカシだ。
縁側について上ったかどうか……そのあたりでスザクの記憶が飛んだ。
目が熱くて、頬が濡れていた気もするけれど、それもきっと気のせいだったのだろうと思い込んで。
1へ
――――――――――
後日談、という事で。
スザクって苛られるのがとても似合っている気がします。