8年前、スザクは確かに言った。
――――俺がお前を皇帝にしてやる!――――
勿論、それで始めたわけじゃない。ナナリーと幸せな生活を送る為が大前提だ。
でも、スザクが殺されたと思って行動に移した。
スザクが不当に捕まったから黒の騎士団を作った。
スザクも幸せに過ごせる世界を作りたかった。
「…スザク」
トンッと包丁を俎板に響かせ、溜息と供に名前を吐いた。
「なんだ、またあの男の名前か?」
急に後から気配と何か物を食べながらしゃべる音に慌てて振り返る。
「C.C.…何を勝手に食べている。」
ナナリーの為に作った夕食のオードブルを汚く喰い散らかす自称魔女に半眼になる。
それをまあ気にするなと適当にあしらいながらC.C.は続ける。
「ひょっとして、お前まさか期待でもしていたのか?」
「何をだ。」
答えは知っている。知っているが恥かしくて言えるわけがない。
気不味くて目を逸らすと魔女は艶やかに笑って口端についているソースを舐め取った。
「一昨日、お前の誕生日だったそうじゃないか。」
そう、誕生日だった。
だから、スザクに祝って欲しかった。
生まれてきた事を受け入れて、祝って欲しかった。
それが――――それが叶わない事だと分かっていても。
「だから?俺はもう18だ。祝ってもらうような年じゃない。それに、スザクは……そもそも祝う習慣なんて無いだろう。」
そう、無いはずだ。
8年前、枢木スザクの家では子供に対する愛情といったものが欠落している家だった。
何故かスザクの存在は公には隠されているようだったから首相の息子という事でパーティーを政治的目的で開くという事もなかっただろう。
友人も自分達が日本に行くまではいなかった。同年代の子供に疎まれていたからだ。
その後、日本はブリタニアに占領されイレヴンになってスザクは名誉ブリタニア人になって軍に入った。
そんな状況では祝う習慣なんて無かっただろう。
「ふん、ならなぜ、その冷蔵庫の中にはケーキが入ってい…」
「俺の夜食だ。」
(いつ見たんだこいつは!?部屋から出るなっていっているのに冷蔵庫まで漁っているのか!?ピザの出前の意味はなんだ!?)
「お前がうきうきと幸せそうにしたり、悩ましげに沈んだ顔をしたりを繰り返しながら台所に篭ってなにやら気合をいれて作っている時から見ていたぞ。
夜食にしては、力の入った一人では食べきれないような食料だったな。」
(人の考えに勝手に答えるな。エスパーかお前は!)
ダンッと振り上げた包丁を魚の頭に振り落とせば首が飛び跳ねて落ちた。
「密かに狙っていた。」
「黙れ。お前にやるか!ピザでも食べてろ!冷凍庫に入っている!」
そう、来る筈が無いと分かっているのに、ケーキやハンバーグのデミグラスソースがけや、鯛の田楽焼、牛筋の味噌煮こみやスザクが好きそうな物を作って冷蔵庫に入れてある。
今は、12月7日だ。スザクはまだ…来ない。
来る筈が無い。
今いる場所を教えていないし、何よりスザクはゼロを許さない。
初めスザクを誘った時に断られて落胆した。
スザクが皇帝にすると言ってくれたのだ。
しかし、ゼロが俺だとは知らないから仕方無いと思いもした。
だが、あいつは俺がゼロだという事を疑っていた。
――――それから色々あって、銃を打ち合ったりもした。
「言っただろ?王の力はお前を孤独にすると。何を今さら。」
皮肉った笑みを浮かべて侮蔑の眼差しでルルーシュを見つめながらC.C.は冷凍庫を探る。
「何をとは何の事だ?孤独になるという事などとっくにわかっているさ。」
C.Cはフンッと鼻で笑い、目当てのピザを見つけたのか、ルルーシュから冷凍庫のピザへと視線を戻した。
そう。スザクが自分を祝う筈が無いのだ。
いくら日にちや時間が経ったとしても。習慣だって、人の誕生日なら、本来ならスザクは祝うだろう。でも、ルルーシュを祝う事はしない。
時間も習慣も関係ないのだ。
分かっている。原因は自分だ。
犯してはならないミスをした。許し等得る事は出来ないのだろう。
それでもどこか、スザクなら受け入れてくれるだろうと思っていた。
迷わず自分の手を取るだろうと信じていた。
「……わかって、いるさ。」
あんな状態でも、どこかで信じている自分がいる。
執着を断ち切ったつもりで断ち切れていないのだ。
チンッとオーブンがなって魚が焼きあがり皿に盛る。
「別に、何も期待していない。」
道は完全に違った。後戻り出来ない道に自分がした。
会う事さえもう無い。わかっている。
空いたオーブンでピザを焼けと場を譲り、料理を持って食堂へと向かう。
「…そうか。」
C.C.の呟きはピザを焼く事に対してだか、期待していないという事に対してかは分からない。
それでも…
「ナナリー、夕食が出来たよ。」
誰に否定されても、スザクにだけは存在を否定されたくなかった。
だから、だから―――――ただ、余計に……
「ナナリー?」
さっきまで居たリビングにナナリーがいない。
「ナナリー!?」
二度もその身を誘拐された身だ。俄かに冷たい汗が背を伝いリビングを出てナナリーの姿を探す――と、玄関にナナリーの姿があった。
「お兄様?今…」
ふわりと柔らかな髪が舞ってナナリーが振り返る。
冷たい空気に、さっきまで誰かが来ていたのだとわかった。
「ナナリー、それ。」
空気だけではなく、ナナリーの手に細長い筒のような荷物――相手は……相手は誰だ?
「今、お客様がいらしていて…これを、お兄様にって。」
含みをもったナナリーの笑みに首を傾げながら渡された包みを開く。
「誰かは…ふふ、御免なさい。内緒にしておいて欲しいって約束されちゃいました。」
ナナリーの明るい声に、胸がざわめく。
まさか――そんな事、ありえる筈は……。
ガサガサガサガサ、震える指が鬱陶しい。
「釣り…ざお?」
現れたものにゆっくりと目が見開いていく。
釣りの趣味は自分には無い。好きかと聞かれれば好きではないし、得意かと聞かれれば苦手だと答える。
それでも―――
「―――お兄様、知っていますか?嘘をついたらはり千本飲まないといけないんですよ?」
――――ルルーシュ、年を取ったら、またここで釣り勝負だ!――――
不遜で俺様の幼い声と、青年の声が混ざって思い出からあふれ出て耳に響く。
「あぁ、知っているよ。」
目が滲んで、ただただ、その釣りざおを胸に抱いた。
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「ビックリしたよ、まさか本当に気づかないなんて。」
「ふふ、お兄様は昔から抜けている所がありますから。あ、ありがとうございます、咲世子さん。」
あの後、ルルーシュとナナリーがご飯を食べ終えルルーシュが寝付くまで咲世子に案内されたナナリーの部屋にずっと居た。
「でも、僕がきているって言ってたのに。――あの、本当にこれ、食べていいんでしょうか。」
――お客様がいらしていて――そうナナリーは言ったのに、それに気づく事無く、一日の仕事を終えたルルーシュは今部屋でぐっすりと寝ている。
咲世子に出された暖かに湯気を上げている、手の込んで美味しそうな料理の数々に戸惑ってスザクは咲世子を見上げた。
「ルルーシュ様がスザク様の為に作られた料理ですから。そうですよね?ナナリー様。」
「ええ、だからスザクさんに食べてもらえば料理も喜ぶと思うんです。」
ナナリーに同意を求める咲世子に、暖かな笑みを浮かべて頷く。
「そう……ルルーシュが……でも、良かったのかい?僕に君達が住んでる場所なんて教えて。」
「私はお兄様がスザクさんに住んでいる場所を教えていない事に驚きました。」
そう、アッシュフォードが黒の騎士団に占領されてのち、ナナリー達は住居を移った。
その時、スザクには一切情報なんて来なかったのだ。咲世子から連絡が来るまでは一切。
それも、仕方が無い事だとは思う。スザクはルルーシュを切り捨てた。
(……そう、切り捨てたんだ。それなのに…何で僕は、今ここに居るんだろう。)
噛み締めた料理は、とても、とても美味しかった。
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C.C.は呆れて押し入れの中で溜息を付いた。
(全く、なんでこの私が隠れないといけない。)
隙間からは、白兜のパイロットがルルーシュが寝ているベットのすぐ横にいると服の端が辛うじて見えて判断がつく。
(―――あいつが命を狙われる心配があ……るわけもないか。)
そして何度目かの溜息をつく。
ここからは、あのパイロットとルルーシュの顔と姿を見る事は出来ない。
それでも―――
(大体、なんでルルーシュの奴は起きないんだ。あんなに近くにそいつがいるんだぞ。)
苛々して鼻を鳴らしたくなるのを何とか耐える。
それでも、姿、顔が見えなくても、あのパイロットはルルーシュを殺しはしないだろう。
「お誕生日、おめでとう、ルルーシュ。」
とても優しい声と、髪を撫でた衣擦れの音だけ残して、そいつは去った。
(……よかったな、ルルーシュ。)
苦く笑いながらも、温かな思いが胸を突いた。
それも、翌日、スザクが食べた料理が無くなっている事で不当にルルーシュに詰られるまでの話だが。
―――――――
二期が始るまで、25話後一年間の妄想妄想。