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「スザク……枢木スザクはどこだッ!?」
トウキョウソカイにフレイヤが落とされて以降、ランスロットの出撃が無い事が気に成っていた。スザクは自分を裏切った、スザクはナナリーを殺した、スザクはこの自分の手で。
苛立ちに紛れてゼロは拳を握り締め、カレンが護衛する中、道を進んでいく。
エリア11でシュナイゼルが起こした皇帝への政変を期とした事も、フレイヤが騎士団よりもブリタニア軍に多くの被害を与えていた事も原因だろう。思いの他早く、エリア11の主要施設を抑える事に成功した。
しかし、抑える事に成功した大きな理由はある時から、トリスタンとモルドレッドさえ前線に出なくなった事だろう。
おかしい。何かが可笑しい。ここまで来ても、スザクも、ジノもアーニャも出てこない。白兵戦であるなら、カレン一人では太刀打ちなど出来る筈もないのだろうに。
逃げる場所もない筈だ。全て出入り口は抑えた。ギアスで命令した兵士達と合流した星刻達もいる。
殆ど施設を抑え、ブリタニア人を捕らえた中、一際奥まった場所に不自然に閉じられた扉と、その扉に見覚えのある青年が凭れ掛かっていた。
「久しぶりですね、ルルーシュ先輩。」
「ジノ…」
「…ジノ・ヴァインベルグ……」
不敵に、不遜に、あるいは明るく笑っていた姿しか見ていなかったルルーシュからすればその表情は、暗く、抜け落ちていて一種異様さを感じずにはいられない。
小さく名前を呼んだカレンの方を見る事もなく、虚ろを見るような顔付きでゼロの方だけにぴたりと視線を当てた。
「スザクを、殺しに来たんですか?」
殺気は感じない。表情の無い顔でゼロ――ルルーシュを見定めるように見ると肩を竦めて扉から背をどかした。
「どうぞ。中にアーニャも、セシルさんとロイド伯爵もいますが。」
嫌な予感はその時から、…否、何時も前線に来る、それこそ考えるよりも体を先に動かすスザクらしい動きでランスロットはいた筈。しかしフレイア投下、それから何度戦闘を交えてもランスロットが出てくる事はなかった。
紅蓮に大破されたから。そうも思っていたが。
入りたくない。初めてそこで、その気持ちが湧き上がった。
しかし無常にも扉はシュンと音を立てて目の前で開かれる。
カレンが後に、ジノを警戒しながら。同時にカレンと揃って部屋の中に入るジノを確認してルルーシュは部屋の中へと一歩踏み出した。
思っていたよりも部屋は広かった。日が差している部屋で、白く、明るく、綺麗で。この部屋だけが戦争とは切り離されている。穏やかで温かで平和な小さな小さな世界。そう感じられた。ただ、漂うものは疲れと諦観。にゃーっと懐かしい猫の鳴声が聞こえるが姿は見えない。
奥の方に微かに椅子に座っているのだろうか?アームに下ろされている手が見える。
白いレースの衝立と、その向こうにいる背の高い白い男の頭が見えた。確か――一度アッシュフォード学園や画面越しで会った事がある。ロイドとかいう男。
それよりこちら側にはただ鋭い視線で睨むセシルと警戒を露わにしながらも諦めを漂わせるアーニャがいた。
「…失礼、ゼロ。」
わざわざゼロと言い直すとジノはルルーシュの背後から奥の椅子へと向い、しゃがんだのだろう。衝立の向こうに姿が消えた。
「ロイド伯爵?」
「…まぁ、無駄だとは思うけどねぇ。」
ついたての向こうのしゃがんだ大きい影がロイドを見上げ、ロイドは下を見下ろして肩を竦める。決してこちらを見ない。ゼロ達の存在を認めてはいない姿勢が窺われた。
影が、座っている人影の腕に触れる。酷く、とても優しく。淑女にするよりも繊細に。
聞こえた声はとても甘く、耳触りのよい、落ち着く声で。
「スザク、お前にお客様だ。……ひょっとしたら、お前の願いも叶えてくれるかもしれないぞ?――――ゼロ、こっちだ。」
座っている影は動かない。声も聞こえない。うんともすんとも言わない。ルルーシュは入り口から一歩も動けずにいる。「ゼロ」と小さくカレンに促されて始めて床に縫いとめられていた足が動き始めた。
動き始めれば、後は早い。もつれるように、絡まるように、しかし段段と足を運ぶ速さは増す。喉が痞えて、胸に泥が溜まるような息苦しさを感じて転びそうになる前に、白い衝立の向こう側へとたどり着いた。
窓際、ふわりとレースのカーテンが舞って最後の護りとでも云うように茶色いふわふわな頭を隠した。
「…スザク?」
怒りとか、ナナリーを殺したとか、フレイアを落としたとか、俺を裏切ったとか、俺を皇帝に売ったとか、俺を選ばなかったとか。言いたい事は沢山ある。
沢山あった筈が、全て目の前にするとそんなものは消し飛んだ。
早く、早く、顔を見たい、会いたい、声を聞きたい、話し掛けて欲しい。笑顔を、笑顔を―――
何か、鋭い音が聞こえた。フー、フーという息に目を向ければ、レースが翻ると座っている人間の膝の上に懐かしい灰色の猫がいて。鋭くルルーシュを見つけると全身の毛を逆立て威嚇していた。
喉が干上がる。スザク―――スザクは…?
一歩近付く。手に鋭い痛みが途端に走り、アーサーが爪を立てて攻撃したのだと知る。何故――疑問が浮かぶ中、スザクの方を見れば、ふわりと。
とても懐かしい、まるで1年前に見たような。いや、8年前にも見たものにこそ近いのかもしれない。微笑んで、ルルーシュへと手を伸ばし…思わずルルーシュはスザクの手を握りしめた。
「スザ……」
「ナナリー、ほら、今日はとてもいい天気だよ。」
名前を呼ぶのも聞いていない。名前の途中で目を和らげてとても優しくルルーシュに向かって微笑む。
背に氷の芯を通したように、痛い程にひやりとしたものが走りぬけた。
顔が強張る。
「……スザク…?」
「海に魚を釣りに行く?それとも池でザリガニ釣りをする?大丈夫、ナナリーなら直ぐに上手く釣れるよ。夕飯は――」
優しい声、この声を聞いたのは何時振りだろう。ナナリーに、いつも囁きかけるような穏やかな表情。
学園にスザクが復学した時でもこういう声ではなく、それは作ったようなものだった…だけど、この声は…。
「…おい、スザク、いい加減にしろ。何の冗談だ、これは。」
「大丈夫、魚は僕が捌けるから。安心して任せて。」
くすくすとした笑い声にカッっとする。
「ふざけるなッ!!ナナリーはお前が殺した癖にッ…!今さら――――」
肩を強く掴んで揺さぶる。冗談にしては悪趣味にも程があった。…合ったが、肩を掴んで思わず手を離す。
――――あまりに、細い。細すぎる。―――
掴んだ手を見つめていると、鋭い声が耳を劈いた。
「殺したのはッ…!スザク君に生きろってギアスをかけたのは、あなたでしょう!!スザク君はッ…ちゃんとフレイヤの事も、その威力もッ…あなたに話して―――ッ」
セシルという女性だろうか。カレンが身構えると同時に彼女の腕が激しく振り下ろされて白い衝立が激しい音を立てて倒れた。
セシル君…と小さい溜息混じりの呼び声と共に、ロイドがセシルの肩の上に手を置いて宥めるように撫でる。合い間にスザク君を返して、返して下さいと覆った顔の向こうから小さい呟きが何度も聞こえた。
しかし、ルルーシュはセシルのいった言葉が頭に木霊す。
―――生きろというギアス。確かにかけた、かけたがあれは未だ有効だったのか?
いつの間にか、スザクの笑い声は聞こえなくなっていた。
「……スザクが、戻った。」
ぽつりと小さいアーニャの呟きに目を元に戻せばスザクはもはや笑顔でもなく、開かれた翠の眼差しは暗く。表情等はまったくなくて。
「すまないねぇ、ゼロ。投下した後しばらくは普通に…多少の違和感はあれど動いていたんだけどさぁ…どうやっても死ねないみたいでね。フレイヤ、ランスロットに載せたのは僕達だから責任とって望みどおりにスザク君を殺してあげようにも、生き様と抵抗する彼には敵わないし…さすがに私情で殺してあげるのに武器の仕様許可もおりないしさぁ?そ~んなこんなで動けない間にざ~んねんでした~…ってね。」
ロイドは突き抜けた明るい口調だが、めがねの奥の目は笑っていない。汚らわしいものを見るように眼を寄越せばすぐに目を逸らしてスザクを見つめる。
ぴくりとも動かないスザク、その膝の上にはルルーシュに警戒したままのアーサーが何時の間にか乗っている。
何も動けないルルーシュを見る事も成しに、ジノは優しくスザクの髪を撫で好いて額に口付ける。そして、窪んだ瞳でルルーシュを見つめた。
「ルルーシュ先輩……スザクを、殺して頂けますよね?」
多分、殺そうにも、ジノもアーニャもセシルもロイドも、それを出来なかったのだろう。
ロイドが云っていた現実的に可能かどうかという意味ではなく、精神的に。
それはそうだ、彼らはスザクと共に居て……大切に……
だったら、なおさら自分に出来る筈がない……生きろというギアスでフレイヤを撃たせたのは…殺せとカレンに命じたのは誰だ……?
なんで、生きろとまでギアスをかけた大切な友人を殺さなくちゃならない!?殺せるわけがない。殺したくもない!
ひゅっ、とルルーシュは吐息を飲み込んだ。
「…殺さない。殺させない。殺せるわけがないだろう!…スザクだって、生きたい筈だ!死んだら全てが―――」
「…価値観の押し付け。」
ぽつりと呟かれた言葉は酷く間近に感じた。しかし実際はアーニャはさほど居た位置から動いていない。ただ、ガラス球のような赤い瞳が一瞬ルルーシュを捉えると興味なさげにセシル達とスザクの方を見つめる。
しばらく、沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、誰の溜息だったのか。それを期にじゃあ、と声がしてそちらを向けば、何時だったか、ゼロとの画面越しの会談の時のようにジノが後からスザクに手を回して抱きしめている。
ふわりとした茶色い髪にジノの顔が埋まる。それが許せない。だけど、動けない。
そいつは――――そいつは俺の――――ッ!
許せずにスザクに向かって手を伸ばす。しかし触れる間際―――
「せめて、スザクを返して貰えますよね?」
それは、スザクを元に戻せという意味だったのか、それとも違う意味だったのか。何も分からず、何も居えず、普段は頭の中で姦しい程に何人もの自分が結論を話し合うのにそれすら無く。
頭が空白の中、膝から力が抜けていくのだけを感じた。
ギアス―――ユフィの時に恐ろしさを分かっていた筈なのに。それでも、自分なら正しく扱える筈で―――こんな、こんな呪いの力等――――
伸ばした手はスザクに触れる事もなく、好きだった翠の瞳には自分を映す事もなく。
スザクはただ、そこに居た。
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今回なぜか陛下に八つ当たりされていたので、こういう事もあるのかなぁと。